2014年3月25日火曜日
2014年3月10日月曜日
『それでも夜は明ける』──ほんとうは誰も知らない奴隷制の歴史
『それでも夜は明ける』スティーブ・マックィーン監督(2013年)
こういう作品にハリウッドは弱い。辛い点をつけただけで、奴隷制賛成主義者だと見なされはしないかと密かに怖れているかのようだ(笑)。「アメリカの良心」と言われる歴史家、ハワード・ジンの本によれば、奴隷貿易は、コロンブスがアメリカに到着する50年も前に、ポルトガルで始まった。つまり、1440年代のことだ。アメリカでは、1619年に20人の黒人がジェームズタウンに送られたのが、始まりだ。以来、リンカーンが「経済的理由で」奴隷制を廃止するまで続く。奴隷貿易を最もさかんに行ったのは、オランダで、次がイギリスだった。アフリカにも奴隷はいた。つまるところ、誰も、黒人も白人も、よくは知らないのである。しかし、こういう映画を作ると、「傑作だと言わなければいけない症候群」を発してしまうのは、やはり、長い奴隷制の「たたり」(笑)なのかもしれない。
監督の、スティーブ・マックィーンは、黒人のイギリス人であり、主人公のキウェテル・イジョフォーも、黒人のイギリス人であり、「善玉」のプランテーションの農園主を演じる、ベネディクト・カンバーバッチも、「悪玉」の農園主を演じるマイケル・ファスベンダーも、ドイツとアイルランドのハーフであるとはいえ、イギリスで活躍する俳優である。つまりは、「イギリス人たちに描いてもらったアメリカ奴隷の世界」なのである。
物語の時代が、1840年代ということで、長きにわたるアメリカ奴隷制の歴史のなかでも、終盤に近い微妙な時代である。北部の自由州に住む黒人は、20万人いた。しかし、完全なる奴隷制廃止には、南北戦争を待たねばならない。そして、自由州に住む黒人の地位も安定していたとは言い難いのではないか。マックィーン監督は、まず、アメリカの奴隷制を撮ろうという意志があり、のち、本作の原作にめぐり会った。過酷な事実を描いた手記に心打たれたと言うが、アメリカ奴隷制の残酷さは、こんなものではない。
しかし、演出には、見るべきものがあった。視点があくまで、主人公の見た「現実」である。奴隷船のメカニズム、鞭打たれた皮膚、農場の光などが、アップでていねいに描かれている。音楽は、どこか現代性を感じさせるセンスで貫かれている。
しかしだ、私は、前作の、セックス依存症の男を描いた『SHAME、シェイム』の方が、より深く人間を描いているように思った。その男を、今回のファスベンダーは、引きずっているように思った。興味深い役者である。
2014年3月7日金曜日
『芸術とは何か 千住博が答える147の質問』──オール・アバウト千住博
『芸術とは何か 千住博が答える147の質問』(千住博著、祥伝社新書、2014年3月刊)
Q&Aの形を借りてはいるが、画家志望の人も、絵画を愛する人も、知りたいのに誰も答えてくれない質問を、よくぞ集めたものである。質問者は誰とは書いてないので、あるいは、千住博その人が、考えた質問かもしれない。表題の、「芸術とは何か」という問いは、普遍的なもので、古今の芸術家、文学者、哲学者も問うている。本書は結局のところ、そういう普遍的な質問に収束しながら、「日本画の特徴は何か」「西洋画の特徴は何か」「すぐれた絵画とはどういうものか」「美大、芸大の教育で画家にならえるか」「作品の価格はどのように決まるか」「オークションはどのようなものか」「画商とのつきあいはどのようなものか」「値上がりを期待して、絵画を購入するのは邪道か」……など、具体的かつ即物的な質問にもズバリ答えている。
Q&A形式のよい点は、余分な記述を割愛できることである。本書は新書ながら、およそ千住博の考えていることが、腹蔵なく語られている。千住博はまさに、日本画壇に挑戦し続ける、真にラディカルな(つまりは、本来の意味での「日本」の「絵」を追求し、創造しようとしている)作家であることがよくわかる。また、芸術を志す若い人の道しるべともなるだろう。
2014年3月3日月曜日
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』──ディープなアメリカのフツーの人々
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』アレクサンダー・ペイン監督
ジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を少しだけ彷彿とさせる映画だが、本作の方が、できがかなりよい。まず脚本(ボブ・ネルソン)がすばらしい。「父と息子のロード・ムーヴィー」に、お約束のように用意されている「心のふれあい」、父母の故郷で明かされる「父の秘密」、それらが、実にあっさりと、さりげなく提示されている。
父子が移動する、モンタナからネブラスカは、約800マイル、車で13時間。ちょうど、アメリカ大陸のまん真ん中の街から街へ移動する。見えるものは、遠くの山脈、平原、空……。朝もあれば、夕方も、夜もあるだろう。しかし、あえて選ばれた白黒は、感傷を押しつけずに、自然の美しさだけを見せる。
登場人物の8割は老人である。かれらの顔が大写しにされる。男も女も醜い。若者はいるにはいても、ほとんど太っている。主人公一家の、中年兄弟の美しさが際立つ。醜い老人たちは、善人もいれば悪人もいる。だが、観客に、こうした老後が、「10年後のあなたにとっては、まだ他人事」「20年後のあなたには絵空事」「30年後のあなたにはあり得ない事柄」だと言っているようだ。
だが、それらは、まぎれもないアメリカの現実であり、高齢化社会を迎えている日本でも起こりうることだ。そうした事実を露出しつつ「隠して」、映画は淡々と進む。音楽もさりげなくセンスがいい。
温かいまなざしをしていたからと、100万ドル当たったと信じ込む父と旅する息子役に抜擢された、ウィル・フォーテが、デブのガールフレンドにさえ振られる、サエない男を演じているが、ほんとうにまなざしがやさしく美しく、心に染みいる。
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