2014年2月6日木曜日

ワタシ的「フィリップ・シーモア・ホフマン」追悼

 数日前だったか、氏の訃報がニュースで流れ驚いた。カメレオン俳優の彼のファンだった。カメレオンといっても、ああいう風貌だから、役柄は、変人、悪人などが多い。なかでは、最近作の、『25年目の弦楽四重奏』は、素の彼に近いような、悪人でも変人でもなく、人間的な役だった。第二ヴァイオリンという、弦楽四重奏においては、「脇」のパートと人生をダブらせ、主役である第一ヴァイオリンへのコンプレックスも滲ませるという微妙な内面をも演じきっていた。もともと出身もニューヨークなので、この街を舞台にした音楽家という役のどこか洗練されている感じもよく似合っていた。
 これからもどのように変わっていくか、楽しみの人だっただけに、46才の死が惜しまれる。ヘロインの注射針が腕に刺さったまま死んでいたというが、プレッシャーにつぶされたのだろうか。それも、「知的」で「おバカ」という矛盾したキャラクターの、彼らしいといえばいえる。冥福を祈る。Rest in Peace.


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ボルヘスは、詩の内実は、リズムだと言っている。そういうとき、行わけが必要になるんです。自分は、T.S.エリオットから詩を学んでいるんで、日本の詩人のみなさんが、散文がどうこう、行わけがどうこうと、侃々諤々している意味がまったくわかりません。だいたい、この分類は、間違っている、散...