『ゼロ・ダーク・サーティー』キャスリン・ビグロー監督+マーク・ポール脚本+グリーグ・フレイザー撮影監督
CIAのウサマ・ビン・ラーディンの追跡と発見、殺害までを描いた映画だが、実際に経過した年月は10年。映画では、そこを2年間のドラマとして描いている。素朴な観客の中には、本作を、ドキュメンタリー的(まったく違った形式にもかかわらず)にとってしまい、拷問がどうの、イスラム社会の人々に対する態度がどうの、アメリカという国の考え方がどうのと言及する。しかし、私は本作で、フィクションというものの構成の仕方を学んだ。実際の情報をフィクションとして組み立てていく脚本がすばらしい。そして、女性CIAアナリスト役の、ジェシカ・チャスティンの演技も、彼女あってこその本作だと思えてくる。
アカデミー主演女優賞にノミネートされているが、『世界にひとつのプレイブック』を見る前は、ジェシカが取るかもと思ったが、ここはやはり、ジェニファー・ローレンスの迫力に譲らざるを得ないかもしれない。
本作のポイントは、9.11の主犯とアメリカが考えるウサマを仕留めたことではなく、このような世の中で、そのような仕事に就き、全力で戦わざるを得なかった、ひとりの若い女の姿である。最後に彼女が流す涙は、成功の喜びでもなく、死んだ同僚たちへの同情でもなく、「できればこんな世の中で、こんな仕事などしたくなかった」と言っているように思えてならない。ジェシカ・チャスティンは青白く繊細な風貌で、「女の執念岩をも通す」を体現して見せる。
拷問シーン(「合法」と言われた「水責め」や、箱詰めなどで、よくあるマフィア映画ほど、サディスティックに描かれているわけではない。それゆえ、リアリティはある)を監視カメラのくぐもった映像で見せたり、夜間のネイビーシールズの、ウサマの隠れ家への侵入シーン(私は「吉良邸討ち入り」を思い出してしまったが(笑))の赤外線で映し出されたようなフレイザーの撮影は、リアルな質感を感じさせる。
主人公の上司役に、「カメレオン俳優」のひとり、マーク・ストロングが扮しているが、こういうスーツ姿のオフィスワーク役は、印象的な眼差しを持つ彼のセクシーさが滲み出て、なかなかよい。
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