『世界にひとつのプレイブック』デヴィッド・O・ラッセル監督・脚本
本作の出演者4名が、アカデミー主演男女優、助演男女優賞にノミネートされている。それだけのことはある作品である。ありがちなストーリーと見えたが、実際観たら、視点がまるで違っていて、今という殺伐とした時代を人間らしく生きるための応援歌であるようにも思った。
まず、目を見張るのは、弱冠22歳のジェニファー・ローレンスの、堂々とした未亡人の演技である。若妻ではあるだろうが、金髪を黒く染めて、30歳にも見えるような風貌で、「人生に傷つけられた」女の内面を、ダミ声のような台詞回しも自在に、デニーロさえ食ってしまっているような演技で見せつける。対するブラッドリー・クーパーも、精神的にまいってしまった男をこれまた繊細に演じて、彼の物語ながら、ジェニファーの演技の受けにまわっている。「名優」デニーロも、いいオトッツァンを楽しそうに演じているし、母親役のウィーバーも、ほんわか温かなムードは、今の時代には見られないキャラクターである。
本作を見ると、ほんとうに俳優という仕事は美しいなと思うが、集中力を欠き、技術としての演技も、脚本を読む力もない日本の俳優にはあてはまらない。
アカデミー主演女優賞は、『ゼロ・ダーク・シティ』のジェシカ・チャスティンもよかったが、ジェニファー・ローレンスに行くような気がする。なぜなら彼女は傑出しているからだ。ジェニファーの姉役のジュリア・スタイルズも、かつては、ジェニファーのような役どころでもあったが、このふたりは前から似ているなと思っていたので、姉妹役ははまっている。それに、スタイルズの包容力がなんともいい感じでホッとする。そう、この映画は、ひさびさ、すみずみまでホッとし、さわやかな気持ちになれる映画だ。