2011年9月22日木曜日

『表裏井上ひさし協奏曲』 ──DVの資料として非常におもしろい

『表裏井上ひさし協奏曲 』(西館好子著、牧野出版、2011年9月刊)

 私は、井上ひさしという作家にはなんの関心もない。ただ、この作家が、作家としては、いろいろきれいごとを書いたり発言したりしながら、それこそ「裏」では、オレは作家だ、書けないのはおまえのせいだ!と、妻を殴っていたという事実には、野次馬的な興味をそそられた。
 某作家のブログには、評論家の江藤淳もまた、妻を殴っていたと書かれていた。
 トルストイをもじっていえば、DV亭主のいる家庭は、どこも似てない……のかも。100歩譲って、DV亭主の立場に立てば(笑)、確かに、殴りたくなるような女は存在する。「私はかなり勝ち気で……」と書かれている、前井上夫人も、もしかしたら、井上ひさしにとって、殴りたくなる女だったかもしれない。殴っても殴っても、耐えている強さ、ふてぶてしさが、さらに暴力を加速する……なんてこともあったかもしれない。一方、もしかしたら、江藤夫人は、殴られても、これまた耐えてはいるが、態度はふてぶてしくなく、むしろ弱い女だったかもしれない。これはこれで、また殴りたくなる……。つまりは、外ではいい顔を見せ、家の中では、妻に腹いせする……。これはそのまま、弱い者イジメの構造である。
 夫が家のなかで原稿を書いている……同時に、妻も家で家事をしていたら、家は息苦しい空間となる。まあ、そんな場合でも、いろいろ処し方があるのだろうが、ついDVに走ってしまうような人は、もともとそういう素質を持っているのだろう。
 だから、夫選びに重々お気をつけください。

 本書は、その率直さゆえに、大変興味深い資料となっている。
 でもサ、なんか、別れても、「割れ鍋に閉じ蓋」って感じですけどね(笑)。

 余談:20年ほど前のことですが、遅筆の井上ひさしセンセイが、おそらく某文芸誌の正月号に、間に合わなかったゆえに、拙小説のデビュー作を掲載していただいたのではないかと思われるので、私としては、「ありがとー」なんですが……(笑)。

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