『いますぐ書け、の文章法』(堀井憲一郎著、ちくま新書、2011年9月10日刊)
よく雑誌などで、ライターと呼ばれる人々の文章を読み、「ん?」と思う。「正しくない日本語」はともかく、「いますぐ、書いた」結果なのか、何を言ってるのかわからない。要するに、要を得ないのである。最初と最後では論旨が矛盾していることもままある。本書も例外ではない。本書の筆者は、15ページで、「大事なのは、自分の考えがきちんと伝わる文章を書くことである」と書いているが、では、129ページの章見出しにある、「文章で自己表現はできない」という主張とどう違うのか? 自分の考えがきちんと伝わる文章=自己表現ではないのか?
ライターであれ、文学の作家であれ、普通の人であれ、きちんとした文章を書かなければ、きちんと思考できないのである。きちんとした思考のできない頭で、いくら「いますぐ書いた」って同じところを堂々巡りするしかない。この筆者は、今は、「ライター」で食えているので、自分は間違ってもいないし、人にも教えられると思っているのだろうが、この種のライターは、いつだってスペアがあるので、いつまで続けられるかは、わからない。こういう粗い文章を読んで、これでいいのだと思ってしまう「アマチュアの」「ライター志望者」を作ってしまうことは害である。
だいたい、この本を数行読んで、全然惹きつけられなかったのだから、本書のテーマである、人を惹きつける文章とはなっていないのは皮肉である。文は人なり。この人は、まともな本など読んでこなかったのだろう。